脊髄損傷
脊髄損傷|損傷範囲と感覚障害の発症の関係性は?【学校事故専門弁護士解説】
2024.05.17
脊髄損傷は、その損傷の程度や損傷部位など様々な観点からの分類がなされています。
その一つとして、脊髄横断面(輪切りの断面)における損傷範囲による分類というのがあります。損傷範囲によって障害の発生の仕方や態様が異なることから、この分類がなされています。
本稿では、脊髄横断面における損傷範囲に基づく分類と、各損傷パターンにおける感覚異常の現れ方について解説していきます。
脊髄損傷の横断面での分類
まず、脊髄横断面がどのようになっているか、その構造について簡単にご説明します。
以下の図は、脊髄横断面のイラストになります。なお、色分けは脊髄の部位を分かりやすく示すためのものであり、実際の脊髄の断面はこのような色をしているものではないことを予めご承知おきください。
中央には灰白質と呼ばれる部分があり、灰白質を包むように白質があります。
白質には、外側脊髄視床路や外側皮質脊髄路などが分布し、そして背側には後索という部分があります。
灰白質、外側脊髄視床路は、皮膚にある感覚神経で感じ取った表在感覚の信号を、脊髄を通して脳に伝達する際の神経伝達経路になります。
また、後索は、深部感覚の信号を脊髄を通して脳に伝達する際の神経伝達経路です。
なお、外側皮質脊髄路は、脳から手足などに送られる運動神経に関する信号が通る経路になります。
さて、ここまで脊髄横断面について概要をお伝えしました。
次は、横断面における損傷類型について解説していきます。
横断面における損傷類型は、まず大きく2つに分けられ、
一つが完全損傷(横断面損傷)、もう一つが不全損傷となります。
完全損傷は文字通り横断面全体を損傷していることを指し、一方で不全損傷は、横断面の一部を損傷していることをいいます。
不全損傷は更に4つのパターンに類型化されており、それが①前部脊髄損傷、②後部脊髄損傷、③脊髄半側損傷(ブラウン・セカール型損傷)、④中心性脊髄損傷の4つです。以下では、完全損傷及び4つの不全損傷について、図とともに解説していきます。なお、図中の赤色部分は、損傷範囲を表しています。
⑴完全損傷(横断性損傷)
完全損傷(横断性損傷)は、下図のように、脊髄横断面全体を大きく損傷したものをいいます。
完全損傷の場合、損傷高位より下位の領域において、運動神経、感覚神経ともに大きな障害が発生します。
運動神経については、手足を動かすなどといった運動神経に関わる信号が、損傷高位より下に届かなくなるため、完全麻痺となることが非常に多いです。とりわけ頚髄において完全損傷となった場合は、完全麻痺に加えて呼吸停止も伴うため、最悪の場合死に至る可能性もあります。
⑵不全損傷①―前部脊髄損傷
前部損傷は、下図のように、灰白質や外側脊髄視床路、外側皮質脊髄路等の周辺を損傷したものをいいます。
この場合も、運動神経の信号の伝達に関わる外側皮質脊髄路が損傷されているため、不全麻痺が生じる可能性があるほか、表在感覚についても障害が発生します。一方、深部感覚の神経伝達経路である後索は損傷されていないため、深部感覚については障害は生じません。なお、表在感覚、深部感覚については、「2.感覚障害について」の項で解説します。
⑶不全損傷②―後部脊髄損傷
後部損傷は、下図のように、後索の周辺を損傷したものをいいます。
後部脊髄損傷の場合、運動神経の伝導路である外側皮質脊髄路や、表在感覚の伝導路である灰白質、外側脊髄視床路には損傷がないため、不全麻痺や表在感覚障害は現れません。他方、深部感覚の伝導路である後索が損傷されているので、深部感覚障害が生じます。
⑷不全損傷③―脊髄半側損傷(ブラウン・セカール型損傷)
脊髄半側損傷は、ブラウン・セカール型損傷と呼ばれることもあり、下図のように、脊髄の左右どちらか半分を損傷したものをいいます。
脊髄半側損傷の場合、完全損傷や前部脊髄損傷、後部脊髄損傷などと比べて、複雑な症状を呈することとなります。
運動神経については、損傷高位より下の損傷側に脳からの運動神経の信号が届かなくなるため、損傷側に麻痺が現れます。
感覚神経について、損傷高位より下位の損傷側とは反対の側に表在感覚障害が現れ、損傷高位より下位の損傷側に深部感覚障害が現れます。これにより、損傷側とその反対側とで感覚が異なってしまうことから、解離性感覚障害とも呼ばれます。
また、損傷高位においては、表在感覚及び深部感覚のいずれもが完全に脱失します(完全知覚脱失)。
⑸不全損傷④―中心性脊髄損傷
中心性脊髄損傷は、下図のように、脊髄の中心部周辺を損傷したものをいいます。
中心性脊髄損傷は頚髄において生じる例が多くみられます。受傷の原因としては、追突事故などの交通事故や、ラグビーや柔道など激しい身体の接触や衝撃を伴うような運動が挙げられます。たとえばラグビーのタックルを前面で受けたとすると、急激に突撃されることで首が大きく前後に振れ、その際に首が不自然に大きく後ろに反り返った状態(過伸展といいます)が生じることにより、首の部分に位置する脊髄である頚髄(頸髄)の中心部が損傷されます。
中心性脊髄損傷の場合、灰白質の損傷が目立ちます。
そして症状としては、多彩な感覚障害が生じることが多いです。
また、運動神経について、一般的に脊髄損傷を負傷すると上肢よりも下肢に強い麻痺が生じることが多いのですが、中心性脊髄損傷では下肢よりもむしろ上肢に強い麻痺が生じることになります。
感覚障害について
人間には、感覚神経が存在しており、表在感覚と深部感覚に大別されます。以下では、これらについて解説していきます。
⑴表在感覚
表在感覚とは、温度覚や痛覚、触覚など、皮膚や粘膜により感じ取るものをいいます。
表在感覚は、末梢神経で受けた刺激が、末梢神経から脳に向かって伝達された信号が脳に伝わることにより感じるものです。例えば、右手で雪を触ったとき、「冷たい」という信号が、手の皮膚にある末梢神経から脊髄の灰白質や外側脊髄視床路を経由して脳に伝わることにより、「雪が冷たい」と認識できることになります。
末梢神経から温痛覚の信号が伝達されて脊髄に入ったとき、灰白質の背側にあるとがった形のところ(後角といいます)から灰白質中心部を通り、クロスするような形で反対側の外側脊髄視床路に行き、そして脳に向かって上行していきます。前述の例でいいますと、右手皮膚の末梢神経から脊髄に来た信号は、右側の後角から灰白質に入り、中心部を通って左側の外側脊髄視床路に行き、脳に向かっていく、ということになります。
⑵深部感覚
深部感覚とは、位置覚、振動覚といった、筋や腱、靭帯などに対する接触や刺激、運動から生じる感覚であり、これによって人間は、自分の手足の位置や運動方向、振動などを感じることができます。
深部感覚は、筋肉や骨などから、脊髄を通り脳に信号が送られることで感じ取ることができるものです。末梢神経から伝達されてきた信号は、脊髄に到着するとそのまま後索に入り、脳に向かって信号が進んでいきます。そして、延髄下部で信号は反対側に交叉し、やがて脳に伝わります。ちょっと細かい話になりますが、例えば、右足に振動があったときに、右足の筋肉や骨などの神経から、振動に関する信号が脳に向かって送られます。脊髄に入る際はそのまま右側の後索に入って脳に向かって進んでいきますが、延髄下部に到着したタイミングで、これまで右側の経路で来ていたところ、左脳に信号を伝える必要があることから伝達経路が突然左側に交叉するかたちとなり、やがて左脳に信号が到達し振動を認識することができる、といった流れになります。
損傷範囲と感覚障害発生範囲の関係
以下では、各損傷範囲のパターンと、表在感覚や深部感覚の感覚障害が発生する範囲との関係について解説していきます。
なお、表在感覚について、厳密に言うと温度覚・痛覚と、触覚とでは伝達経路が異なります。しかし、そこまで立ち入ると説明が非常に複雑になりますので、以下では「表在感覚」=「温度覚・痛覚」という意味合いで用いることとします。
⑴完全損傷(横断性損傷)
完全損傷の場合、下図のようなかたちで感覚障害が現れます。
損傷高位より下位から脳に向かって伝達された表在感覚や深部感覚の信号は、伝達経路である脊髄が損傷されていることにより信号を脳まで届けることができなくなるため、損傷高位より下位の髄節が支配する領域において表在感覚障害や深部感覚障害が生じることになります。また、表在感覚障害と深部感覚障害が生じる範囲は同一となります。
⑵不全損傷①―前部脊髄損傷
前部脊髄損傷の場合、下図のようなかたちで感覚障害が現れます。
前部脊髄損傷では、表在感覚の信号の伝達経路である灰白質や外側脊髄視床路が障害されていることから、損傷高位より下位の髄節支配領域において表在感覚障害が現れます。他方、深部感覚の信号の伝達経路である後索は障害されていないため、深部感覚の信号は通常どおり脳に到達するので、深部感覚障害は生じません。
⑶不全損傷②―後部脊髄損傷
後部脊髄損傷の場合、下図のようなかたちで感覚障害が現れます。
後部脊髄損傷の場合、表在感覚の信号の伝達経路である灰白質や外側脊髄視床路は障害されていないので、表在感覚の信号は通常どおり脳に到達することができ、したがって表在感覚障害は現れません。他方、深部感覚の信号の伝達経路である後索が障害されているため、損傷高位より下位の髄節支配領域から脳に向かって伝達される深部感覚の信号は脳に届かなくなります。結果として、損傷高位より下位において深部感覚障害が生じることとなります。
⑷不全損傷③―脊髄半側損傷(ブラウン・セカール型損傷)
脊髄半側損傷(ブラウン・セカール型損傷)の場合、下のように半側を損傷しているとすると、2つめの図のようなかたちで感覚障害が現れます。
まず、表在感覚について考えていきましょう。
向かって右半分の脊髄横断面が損傷されていることがわかります。言い換えると、向かって右半分にある灰白質や外側脊髄視床を伝達経路とする信号は、脳に届かなくなるということです。
このとき、損傷高位より下位の髄節における表在感覚の信号の動きを考えてみましょう。2の⑴で解説したように、表在感覚の信号は脊髄内において灰白質内でクロスするように伝達され、外側脊髄視床路から脳に向かい上行します。つまり、損傷高位より下位の、半側脊髄損傷側の対側からの表在感覚の信号は、損傷高位における障害側の外側脊髄視床路を通ることになります。ですが、損傷高位の外側脊髄視床路は損傷されているため信号が通過することができなくなり、結果として上図の青斜線部のように、損傷高位より下位の障害側の対側に表在感覚障害が現れることとなります。
では、深部感覚はどうなるでしょうか。2の⑵に述べたように、深部感覚の脊髄内の伝達経路は後索になります。
そして、1つめの図からすると、向かって右半分にある後索を伝達経路とする信号は、脳に届かなくなるということです。
損傷高位より下位の髄節支配領域から伝達されてくる深部感覚の信号は、脊髄内で後索に入るとそのまま上行していく経路となることから、半側脊髄損傷側の損傷高位より下位の深部感覚の信号は、障害された後索を通過することができなくなります。したがって、損傷高位より下位の障害側に深部感覚障害が現れることとなります。
そのため、2つめの図のように、表在感覚障害と深部感覚障害が生じる領域が異なることになります。
表在感覚と深部感覚の信号が脊髄内で交叉する箇所が異なる(表在感覚は末梢神経から信号を受け取った脊髄高位内、深部感覚は延髄下部)ことにより、それぞれの障害が現れる領域も異なってくるのです。
⑸不全損傷④―中心性脊髄損傷
中心性脊髄損傷の中でもとりわけよく見られる中心性頚髄損傷の場合ですと、下図のようなかたちで感覚障害が現れます。
外側脊髄視床路は、さらに細かく見ると、内側から頚髄から脳への信号伝達経路、胸髄から脳への伝達経路、腰髄から脳への伝達経路、仙髄から脳への伝達経路の順に経路が並んでいる構造となっています。
ここで、中心性頚髄損傷を負うと、頚髄から脳への信号伝達は障害される一方、胸髄や腰髄、仙髄から脳への伝達経路は依然として通常どおりとなります。
また、中心性損傷で損傷されるのは主に灰白質や外側脊髄視床路(の中心部に近い側)であることから、伝達経路が障害されるのは表在感覚のみになります。
そのため、頚髄の感覚支配領域である上肢や体幹部分について、表在感覚障害が現れることになります。
感覚障害と後遺障害等級
学校の管理下における事故や登下校中の事故によって脊髄損傷を負い、治療やリハビリを行うも後遺症が残ってしまった場合、独立行政法人日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度に定められている後遺障害見舞金支払請求ができる可能性があります。
脊髄損傷の後遺症に関する等級認定の判断は、基本的に、麻痺の程度や範囲並びに介護の要否や有無に着目して行われますが、脊髄損傷においては神経因性膀胱障害や脊柱の障害等も通常伴って生じうるため、実際にはこれらも含めて総合的に考慮した上で等級認定がなされます。
以下では、脊髄損傷に関する障害として認定される可能性がある等級について解説いたします。
なお、等級認定された場合に支給される障害見舞金の金額は、障害が生じた時点が平成31年3月31日以前であるか同年4月1日以降であるかによって異なります。本稿では、平成31年4月1日以降の金額にて記載しておりますのでご注意ください。
第1級の3
「せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」は、第1級の3が認定されます。支給される障害見舞金は4000万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は2000万円)となります。
同等級が認定されるのは、以下の4つの場合です。
①高度の四肢麻痺が認められるもの
②高度の対麻痺が認められるもの
③中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
④中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
第2級の3
「せき髄症状のため、生命の維持に必要な身のまわり処理の動作について随時介護を要するもの」は、第2級の3が認定されます。支給される障害見舞金は3600万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は1800万円)となります。
同等級が認定されるのは、以下の3つの場合です。
①中等度の四肢麻痺が認められるもの
②軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
③中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
第3級の3
「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、せき髄症状のために学校生活に著しい制限を受けているもの」は、第3級の3が認定されます。支給される障害見舞金は3140万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は1570万円)となります。
同等級が認定されるのは、以下の2つの場合です。
①軽度の四肢麻痺が認められるもの(第2級の3②に該当するものを除く。)
②中等度の対麻痺が認められるもの(第1級の3④又は第2級の3③に該当するものを除く。)
第5級の2
「せき髄症状のため、学校生活に制限を受けており、極めて軽易な活動しか行うことができないもの」は、第5級の2が認定されます。支給される障害見舞金は1820万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は910万円)となります。
同等級が認定されるのは、以下の2つの場合です。
①軽度の対麻痺が認められるもの
②一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
第7級の4
「せき髄症状のため、学校生活に制限を受けており、軽易な活動しか行うことができないもの」は、第7級の4が認定されます。支給される障害見舞金は1270万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は635万円)となります。
同等級が認定されるのは、一下肢の中等度の単麻痺が認められるものが該当します。
第9級の10
「通常の学校生活を送ることはできるが、せき髄症状のため、参加可能な活動が相当程度に制限されるもの」は、第9級の10が認定されます。支給される障害見舞金は590万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は295万円)となります。
同等級が認定されるのは、一下肢の軽度の単麻痺が認められるものが該当します。
第12級の13
「通常の学校生活を送ることはできるが、せき髄症状のため、多少の障害を残すもの」は、第12級の13が認定されます。支給される障害見舞金は225万円(通学中及びこれに準ずる場合の金額は112万5000円)となります。
同等級が認定されるのは、運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺(軽微な随意運動の障害又は軽度の筋緊張の亢進が認められるもの)を残すものが該当します。また、運動障害は認められないものの、広範囲(概ね一上肢又は一下肢の全域)にわたる感覚障害が認められるものも該当します。
おわりに
スポーツ振興センターに正しく後遺症の状態を認識してもらい、適切な後遺障害等級審査を行ってもらうためには、画像による損傷高位診断、横断面診断、MRI画像上の脊髄内病変等の画像所見や、深部腱反射、病的反射検査、知覚検査、徒手筋力検査、筋萎縮検査などの神経学的所見は必須となり、場合によっては電気生理学的検査が必要となります。
また、後遺障害診断書だけでなく、脊髄損傷やその症状の日常生活への影響などを確認するために、日常生活状況報告書などの書類を準備する必要があります。
このように、スポーツ振興センターに申請する段階から、等級獲得に向けて押さえるべきポイントを把握したうえで用意を行うことが望ましく、
そのためには後遺障害に関する経験や専門的知識が不可欠だといえます。
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子どもが部活動中に脊髄損傷を負ってしまった、治療やリハビリを頑張ったが後遺症が残ってしまった…
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また、脊髄損傷の症状や治療・リハビリ、後遺障害等級、損害賠償請求とのかかわり等、脊髄損傷に関する詳しいことは以下のページで解説いたしておりますので、こちらも合わせてご覧ください。